落葉広葉樹林の林床−明るい春、暗い夏−に、生活史を見事に適応させた植物についてお話し、上層木と林床植物が生み出す落葉広葉樹林の多様性について考察します。
落葉広葉樹林の林床には、春、雪が解けるとともに芽を出し、花開く植物たちがいます。「スプリングエフェメラル(春の儚い命)」と呼ばれるこの植物たちは、上層木の葉が開き始める頃には、実を結び、林全体が暗くなる頃には、その一年の生活を終了し、地上から姿を消します。
植物が葉を地上に出している期間は、光合成によって成長や繁殖に使うためのエネルギーも得られますが、それと同時に、呼吸によってエネルギー消費もしています。これらの植物は、暗くなった林では、得られるエネルギーよりも、消耗するエネルギーの方が多くなるのです。ですので、一年の間で、地上で生活するのは春から初夏の3か月という短さ。他の期間は、地中で根の状態でいます。そして、毎年少しずつエネルギーを稼いで、何年もかけてゆっくりと成長するのです。
これらスプリングエフェメラルの花咲く時期は、林の中がもっとも彩られます。季節をとおしてよく見られる白色の花に加え、この時期には黄色、ピンク色、青色、紫色の花が目立ちます。なぜ、春の林床には、色鮮やかな花が多いのでしょううか。
これは、虫たち−ことに蜜を食べる虫たち−の生活と関係があると言われています。春、まだほとんどの草木が花開く前、目覚めたばかりの虫たちにとって、これらの花の蜜は、大変貴重な食べ物です。同時に、植物たちにとって林床という環境は、花粉の運搬を風に頼ることができず、虫たちが重要な運搬者になります。気温が低い春、目覚める虫たちはあまり多くありません。そこで、少ない虫たちに確実に見つけてもらえる色、「ここにあるよ」と、虫たちに気がついてもらえる色が大切なのです。中でも、鮮やかなピンクや青は、花粉を効率よく運んでくれるハナバチがよく識別できる色といわれています。
さて、これらスプリングエフェメラルたちの林の中での大切な役割に目を向けて見ましょう。ハナバチは、林の中の木々―サクラやモミジの仲間、シナノキなど−にとっても大切な花粉運搬者です。たくさんのハナバチがいなければ、これらの木は、実を結ぶことに成功しません。まだ木には葉も花もない春、目覚めたばかりのハナバチを養うのが、このスプリングエフェメラルたちなのです。
林の中のお花畑は、春の林床にはじまり、やがて木々の開葉・開花とともに、林冠(上層)へ移って行きます。そして、花蜜を求める虫たちも、林の中のお花畑を求めて、林床から上層へと、食事の場所を移していきます。
上層木と林床植物は、花のリレーを行って、双方にとって大切な花粉運搬者を育んでいるのです。 上層木のつくりだす光環境が、林床植物の多様な生活史を生み、林床植物と樹木は、連携プレーによって、花粉運搬者を育む。林の上層を占める樹木、下層で生きる草本や低木、これらが光や花粉運搬者といった要素を介して密接に結びつき、落葉広葉樹林の生態系ができあがっているのです。
どれか一つでも欠いてしまうことのないようにしていかなければなりませんね。(まるはなこ)
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