小さな敵たち | マルハナバチ | |
天敵というと,ライオンのようにガブリと噛みつき むしゃむしゃ食べるもの,というイメージがありま す。生態学では,ふつう私たちが「寄生虫」とか「 病原体」と呼ぶ小さな生き物も同じように扱うこと があります。とくに宿主を死にいたらしめる場合,ライオンに食われるのも病原菌にやられるのも結果は同じです。 マルハナバチの例でいうと, スズメバチや鳥などがライオン型の天敵です。では 小さい敵にはどんなものがいるのでしょう?今回は その中からツチハンミョウとメバエという天敵(寄 生虫)の話をします。 ツチハンミョウは,体長1cm位の大きさの,甲虫 の仲間です。ツチハンミョウの前ばねはカブトムシ のように背中全体を覆うことはなく,肩掛けのよう にちょこんとついているだけで,でっぷりとしたお 腹の大半はあらわになっています。ふつうは黒く,独特の青っぽい金属光沢を持つものもいます。ちなみに,ハンミョウとはかなり縁遠い甲虫です。 ツチハンミョウの卵は,土の中に産み落とされます。 孵化した1齢幼虫は1mm位の小さな体ですが,単 純な肢(爪)があり,近くの草をよじ登りてっぺん を目指します。そこに運良く花が咲いていれば,そ こを訪れたハナバチの毛にすばやく乗り移り,巣に運んでもらいます。そして次に脱皮したとき,なん と足のないうじ虫のような姿になってしまうのです。2齢以降の幼虫はハナバチの幼虫を食べるのに足を必要としないので,確かにこれは理にかなっています。 一方,ハナバチもこれに対抗する手段をとるものが います。これはツヤハナバチの一種の例ですが,彼 女は植物の茎の中に一列に部屋を作り,その中で子 供を育てますが,頻繁に全ての部屋を掃除するそう です。細い茎の中は一方通行ですから,壁をいちいち壊し,作りなおしつつ奥へ進み,終わったらまた 同じ手順で入口まで戻ります。その途中で出てきた ゴミや天敵を最後に外に捨てる,というわけです。 ツチハンミョウの生き残る道のりには,花の上にた どり着く,ハナバチに乗り移る,巣に入り込む,見 つかって追い出されない,といった幾多の関門が待 ちかまえています。これを全てくぐり抜ける確率は かなり低いでしょう。ツチハンミョウの産卵数が数千個とかなり多いのは,それを埋め合わせる方策の 一つです。人間に寄生するサナダムシなども,排便 されてから再び人間にたどり着くまでの確率がきわ めて低いために一匹が何億もの卵を産みますが,それと似ています。 つぎに紹介するメバエは,アブによく似た姿形をし ており,黄色や茶などの目立つ模様をもった1〜2 cmほどの昆虫です。この仲間は全て寄生性で,よ く花に訪れます。あるメバエは花の上や巣でハナバ チ成虫を待ち伏せ,その体に直接,すばやく産みつけるという早業をやってのけるそうです。孵化した 幼虫はすぐ体内に潜り込み,体液や内臓を食べなが ら大きくなります。寄生されたハナバチは最初の内 は一見普通に活動しますが,やがて動きが鈍くなり,死に至ります。メバエはそのあと羽化して出てきま す。 野外で花に訪れているマルハナバチのうち,数%〜 70%もの個体が寄生されていたという調査結果が あります。他の調査結果と比べても,この寄生率は 特別高いというわけではないようです。メバエとの 関係ひとつをとってみても,かなりの割合のマルハナバチが小さな敵たちと熾烈な闘いをしていること がうかがえます。 これら小さな天敵たちとスズメバチや鳥のような天 敵とは,マルハナバチの立場から考えてどのような 違いがあるでしょうか?外からがぶりとやられるか 内からじわじわやられるか,ということ以外にも重要な違いがあります。まず,鳥やスズメバチは飛び 回るマルハナバチを一匹一匹つかまえますが,寄生 者は一旦巣に忍び込むと,無防備な幼虫を根だやし にすることもあります。たくさんの個体(とくに無 防備な幼虫)が集まる閉鎖空間,つまり巣をもつというマルハナバチの習性が,寄生者に対しては大き な弱点になることもあるのです。 また,マルハナバチへの依存の度合いが全く違う, ということが言えます。以前も書いたように,鳥や スズメバチにとってマルハナバチは数ある餌の一つ にすぎませんし,すばやく逃げ,毒針まで持っているマルハナバチが,実入りの良い餌かどうかも疑問 です。一方,小さな寄生者たちの多くはハナバチが いないと生きてゆけず,それゆえハナバチの習性に 合った,実に巧みなやり方で近づきます。一匹一匹の成功率は低くても,数の多さや技の巧みさでカバ ーし,一旦成功すればハナバチの巣全体に大打撃を 与えるという特徴があります。 折角ですから小さな天敵たちの立場にも立ってみま しょう。今回ご紹介したツチハンミョウやメバエに も色々な種があります。ハナバチとの関係に注目す ると,限られたハナバチにしか寄生しない(できな い?)種や,多種のハナバチに寄生する種,バッタに寄生する種まで,さまざまです。ハナバチと違い, その寄生者にはまだ知られていない種がたくさんい ますし,その暮らしぶりが分かっている種はとても少ないのです。しかしながら,ただ1種のハナバチ だけに依存する種というのは,極めて少ないという ことです。なぜでしょう? その理由のひとつは,ある土地に数種のハナバチが 生息することはごく普通ですから,その中から厳密 に1種を見分けるというのがそもそも難しいという こと。そして,寄生はやはりリスクの大きい生き方 なので,選択の余地があれば,限られた種に依存するのは得策ではなかった,という事情があるでしょ う。【志水謙祐・嶋田泰也】 |