昆虫と植物の利害関係 マルハナバチ

花が咲き,そこに虫や鳥が訪れて蜜を飲むーみなさんにもお 馴染みの光景でしょう。花と昆虫の関係はいつどの様にして 始まり,どのような関係にあるのでしょうか?今回はまず, その歴史を簡単に眺め,次に,両者の一筋縄でいかない関係 の複雑さをご紹介します。

マルハナバチはミツバチと同様,ミツバチ科に含まれます。 ミツバチ科はクマバチ(ケブカハナバチ科)やハキリバチ (ハキリバチ科)などとともに,ハナバチ(上科)という グループに含まれます。2万種を超えるハナバチはすべて 白亜紀末期(6000-7000万年前)に出現した単一の祖先に 由来し,ほぼ全ての種が一生花粉と蜜だけを食べて生きる という特異な一族です。あの花の申し子のようなチョウで さえ,数週間におよぶ幼虫時代には葉っぱだけを食べ,花の蜜を飲むのは成虫時代の数日間だけなのです。

蜜や花粉とは一体どのような食糧なのかを考えてみましょう。花の蜜は化学的には「しょ糖水溶液」で,全ての生物にとって利用可能な良質のエネルギー源です。植物は動物と違って,光合成により自らの体内で糖を作ることができます。植物は自前で生産できるこの余りがちな物質を花の中に分泌することで動物をおびき寄せ,他の株に花粉を運んでもらったり,逆に受け取ったりすることで,良質の子孫をたくさん作る確率を高めるという利益を得られるのです。

一方,花粉は動物の精子にだいたい対応する,遺伝子のパッケージです。乾燥に耐えられる丈夫な殻の中身は高純度の蛋白質で,昆虫など多くの小動物にとって魅力的なごちそうです。遺伝子を運ぶためにこの小さなケースは便利ですが,植物はこの微小な粒を動物の体にうまく付着させて,遠く離れた他の株の雌しべに付着させる必要があります。このように,花の蜜と花粉は糖分やタンパク質というよう な魅力的な栄養なので,いろんな昆虫や鳥がそれを欲しがって集まってしまいます。そこで,植物はちゃんと利益を得られるように適切な相手を選ぶ必要があります。望ましい訪問者だけを呼び,招かざる客は完璧に排除するということは実際には不可能ですが,訪問者を限定することは出来ます。たとえば動物の行動時間に合わせて蜜を一定の時刻に限って分泌したり,花びらの形や雄しべと雌しべの長さなどによって,ある特定の相手だけに蜜や花粉が与えられるようにする,などです。果たして,そのような植物の思惑はうまく行っているのでしょうか?そして昆虫の側はどうなのでしょうか?

みなさんの中には,こう聞いたことがある人がいるかもし れません。「昆虫は花から蜜をもらって,花は昆虫に花粉を運んでもらう。つまりギブアンドテイクの関係である」。 たしかにこれはおおむねイエスですが,実はいつもそうとは限らないのです。というのも,昆虫はあくまで自分が餌を食べるために花に訪れているはずですし,植物もまた, 昆虫のためというよりも自分の花粉を他の株の雌しべまで 運んでもらうために蜜を出しているのです。つまり植物や昆虫が「ギブアンドテイク」を目指して行ってるという解釈は誤りで,それは結果にすぎません。実際,虫がせっかく花を訪れても餌に手が届かないことはしょっちゅうありますし,植物の方も昆虫に蜜や花粉をむしり取られて一粒の種子も作れないことがあるのです。 そのような事情を抱えながらも,何百万年にわたって繰り 広げられてきた無数の植物と昆虫の関係において,ごく一 握りのケースでは両者の利害が一致して「ギブアンドテイ ク」が成立しました。本来はそれぞれが自分の利益をを追求していたはずの植物と昆虫が,悠久の年月の中で無数の 実験が重ねられ,ふるいにかけられて残った関係が,いま私たちの庭先で繰り広げられているというわけです。注意深く観察すると,見た目の賑やかさとは裏腹に,花と昆虫は今でも必死にしのぎを削り合っていることが分かります。【志水謙祐・嶋田泰也】